ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

今回はヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たちを読みました。 
アメリカの白人貧困層出身の著者が自身のルーツに向き合い、家族と貧困について語った回顧録です。
本書はきちんと自身の内面とそのルーツに向き合っている人にしか書けない本だとyamatakaは感じました。

 

 

 

 

ルーツに向き合う姿勢

「私はその人がその血でもって書いたものだけ愛する」と書いたのはニーチェでした。ではその血でもって書いたものとはどういうものなのか、難しいですがyamatakaは自身の内面と向き合っている人間の文章だと考えます。*1

 

本書の著者は自身の先祖と祖父母・親世代から受け継いだ様々な要素を受け止め、言葉にします。それは郷土や一族に対する深い愛情であり、時に自身の深いところに潜む怪物であったりします。
それらを見つめて冷静に判断する著者の姿を感じ、この本は著者が自分の血で書いた文章だと感じました。
本書が議論を呼んだのはこのように文章に込められた力が強く、内容が迫真に迫っていたというのも理由の一つなのかもしれません。

 

貧困とその背後にあるもの

本書でショッキングな内容の一つは白人貧困層の屈折した生活様式です。それは一見すると「奇妙だ」という突き放した感想を抱きそうです。
しかし注意しなければいけないのは明らかな矛盾ではあっても、当人たちは不安・ストレスに押しつぶされないための自己防衛としてこのようなことを行っているということです。
その矛盾した生活をいくつか挙げてみます。

  • はたから見て労働に熱心ではなくても「一生懸命働くことの大切さ」を説く人が多い
  • 尊厳・絆が最後の楔であるため、家庭内に問題を抱えていても外部(公的サービス含む)に助けを求めない
  • 収入は低いのに頻繁に車を買い替えたり豪華なクリスマスプレゼントを子供に買い与え、満足感を得ようとする

 

アメリカのような世界で一番偉大であろうとしているとする国でさえも、このように人々の生きにくさを棚上げにしているという点が衝撃的でした。

 

この話はもしかするとアメリカに限った話ではないのかもしれません。
昔も今も世界中のどこでも貧困について構造の差異はあれど、社会学・経済学だけの問題ではなく、どこでも人の生き方の問題があるのだと気づかされました。

祖母は、海兵隊の訓練教官のように毒を吐いていたが、だからといって、コミュニティの現実を目の前にして、ただ怒っていただけではない。胸が張り裂ける思いもしていたのだ。ドラッグやけんか、経済的困窮の背後には、深刻な問題を抱えて傷ついている人たちがいる。(P. 227)

私たちの哀歌は社会学的なものである。それはまちがいない。ただし同時に、心理学やコミュニテイや文化や信仰の問題でもあるのだ。(P. 231) 

 

世代を超えた連鎖

経済的な貧困と精神的な貧困どちらも、祖父母世代から親世代そして子世代へ受け継がれてしまうという点も見逃してはいけない点です。
この精神的な貧困の原因となるのは、幼少時代のストレスです。
著者の場合、母親のパートナーが頻繁に変わったことでの不安感が大きく影響を与えたといいます。

つまり、私と同じような環境で育った子どもの脳のなかでは、ストレスや衝突に対処する部位が、つねに活性化され、スイッチが入りっぱなしの状態になる。熊の恐怖にさらされ続けた子どもは、いつでも闘争、あるいは逃走する準備を整えている。熊が、アルコール依存症の父親や、精神的に不安定な母親に置き換わっても同じだ。(P. 353)

 

あとがきで書かれるエピソードは印象的です。
幸せな結婚生活を送る著者はある日、幼いころから繰り返し見てきた悪夢を見ます。それは怪物となった母から逃げる夢です。ただいつもと違うところは、この時は著者自身が怪物となり家族の一員である愛犬を追いかけていたというのです。

 

カスパーが私を、犬特有の悲し気な目で見つめている。それを見た私は、カスパーにとどめを刺すのではなく、反対に抱きしめた。(P. 397)

 

それは多くの人に支えられて人生を持ちなおした結果のように感じます。
それは祖父母の強さであり、叔父叔母夫妻の優しい家庭像であり、いつも守ってくれた姉の存在によるものなのでしょう。

 

映画について

yamatakaは本書の前にNetflix制作の映画を先に見ました。こちらは家族にフォーカスを絞ったストーリー*2で祖母(マモーム)役のグレン・クローズ、母(ベブ)役エイミー・アダムスどちらも濃い演技で印象に残りました。それで原作が気になり、本書を手に取った次第です。
映画の方は祖母と母そして恋人に焦点があてられてより多面的に主人公周辺の状況を見せてくれます。 

eiga.com 

 

次回は源氏物語 下 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集06)を読みます。
いよいよ源氏物語も終わりです。読み終わるのが寂しいですが最後まで読みます。

 

*1:書けるひとになる! ――魂の文章術を読んで感じたことです。

*2:本書に無い祖母視点の場面も多いです。